カシスさん⑨自称「無敗」の男
「結婚を意識して、私と付き合ってください」
そう彼女に告白する。
出会ってから今日が6回目のデート。
その間に少しずつ埋まっていく二人の距離感からは、もはや確信に近いものがあった。
正直、断られるなんて考えてもいなかったものである。
しかし。
表情をこわばらせたまま一瞬固まってしまうカシスさんからは、色よい返事をもらえるような雰囲気は微塵も感じられなかったのだ。
マジですか…
思わぬ展開に、私自身も固まってしまう。
そうして一瞬の沈黙の後で。
「お返事は、今じゃなくて構いませんから」
そう言葉を発するのがせいぜいの私に対し、彼女は困ったようにこう答える。
「ごめんなさい、正式にお付き合いするとか、まだ全然考えてなくて」
「まだ、お会いしたばかりだし…」
私は人生の中で、告白して断られたことなどほとんどない。
唯一はっきりと覚えているのは中学2年の時か。
小学3年生の頃から好きだった、いわゆる初恋の女の子に突撃して、そして見事に散った。
たぶん、それだけである。
なんていうと、まるでモテる人のように聞こえるかもしれないが。もちろんそんなわけもなく。
単純に、一か八かの告白などする勇気が無いだけだ。
自分より強そうな相手とは戦わない。だから一度も喧嘩に負けたことがない。そんな自称無敗の男と、同列なのである。
「もう間違いなく付き合えるよね」そんな風に感じた相手にしか告白しないのだから、まぁ振られることもないわけだ。
文字通りのチキン野郎。
つまり。
カシスさんについては、そんな私が「いける」と思ったほどに、親密になったつもりだったのにな…
完全に想定外の展開で、全然頭が回らない。
上手く場を取り繕えない私に対し、彼女が追い打ちをかける。
「これは、今回はお返しした方が…」
そう言いながら、手にしたプレゼントを返されそうになってしまう。それは…いくらなんでも惨め過ぎるよね。
そうやんわりと伝えた私だったのだが。
その後で。
そんなことはもうどうでもよくなるくらい、実に切ない話を聞かされることになるのである。